連載

授業ノートから 第6回

誰かのせい 自分のせい

上智大学特任教授
帝京大学客員教授
松本 美奈

 

「質問力を磨く」の授業の終わりに毎回、学生たちにリフレクションシートの提出を課している。九〇分をふりかえり、自分が何を学び、学ばなかったのかをA4サイズの紙に書くのだ。九割は埋めるよう義務付けている。むろん学生は不満たらたら。「そんなにたくさん書けない」とこぼしながら、やたら大きな字でスペースを埋めたりする。イラストも出てくる。でもそれは一、二回目の授業のことで、すぐに行の幅におさまる文字で紙を埋めるようになる。リフレクションシートを前提に授業に臨めば、メモをしっかり取らざるをえない。その成果だ。

締め切りに遅れたら受け取らないとも宣告しており、学生はメモを見ながら必死に書く。没入するから、言葉は率直で飾りがない。それ自体は喜ばしいものの、読んでいるうちに思わず眉間にシワが寄る表現があることも事実だ。前から気になっているのは、「○○のせい」という表現だ。曰く、チームワークを良くするため事前打ち合わせの約束をしても、平気で○○さんは遅刻してくる(あるいは、来ない)。また曰く、話し合いをするときにも自分の意見を言わないから困る。今日の発表はうまくいかなかったのは……。

毎回のようにチームの誰かの責任を問う学生がいるから、個別に事情を聴いたうえでチーム編成を変えることもある。ある学生の場合、求めたわけでもないのに発達障害の診断書を示し、大きな声で自分に否定的な話ばかりするメンバーの一人が苦手だと申告してきた。どんなタイプの人となら対話がしやすいのかを時間をかけて聞き出し、チーム編成をいじった。その結果、学生の授業中の表情は明るくなり、課題の提出量も見違えるほど増えた。学生はみんな十八歳以上の「成人」。相互のやりとりにまで手を出すことは控えなくてはいけないが、場合によりけりなのだと学んだ。

ただし、やはり学生には自ら改善策を考え、行動してほしいと伝えている。社会に出て、気の合わない人とチームになることもある。いや、むしろそちらの方が多いだろう。チームワークを経て互いを知り、距離を縮めることが大切ではないか。その一つの手法としても、リフレクションシートの作成がある。書くことで自他の言動を可視化し、次の行動を考えるヒントにしていくのだと繰り返し訴えている。それでもなお、メンバーのあら探しに終始する学生が出てくる。よくこんな細かいところまでと感心するほどだ。なぜか。

学生の多くが自分勝手で無責任というつもりはない。その証拠に、「自分のせい」と書いてくる学生も相当いる。発表がうまくいかなかった原因を、自分の指導力の欠如や準備不足などと分析して一身に責を負うような、悲壮感の漂う記述も往々に目にする。

いずれにせよ、学生たちが血眼になって「◯◯のせい」と犯人を探すのは、チームの作業が失敗したと感じているからだ。結果に腹を立てて犯人を探している。失敗はあくまで悪なのだ。

でも、そうだろうか。

少し飛躍するが、第二次世界大戦における日本軍の敗因を六つの事例から分析した、かの大論考『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』(中公文庫)の見解は違う。例えば一九三九年のノモンハン事件。「情報機関の欠陥と過度の精神主義により、敵を知らず、己を知らず、大敵を侮っていた」と指摘する。日清、日露戦争に勝ち、何とかなるさと楽観していたことが根底にあるという。「統帥上も中央と現地の意思疎通が円滑を欠き、意見が対立すると、常に積極策を主張する幕僚が向こう意気荒く慎重論を押し切り」と、対話が成立しない組織のありようや運用態勢も問題視している。失敗から学ぶことは多い。

「質問力を磨く」ごときものに、命がかかっているわけではないし、国運も関係ない。「失敗の本質」を引用するなど、おこがましい限りではあるが、そこで指摘されている当時の日本軍と共通する問題点を抱えていることが、何とはなしにチームワークの実態から透けて見えるのだ。

好例は、東京都知事選挙の記事を扱った授業での発表だろう。「選挙管理委員会から投票率向上を依頼された広告代理店のプロジェクトマネジャー」の立場で記事を読み込み、質問を考えてもらった。プロジェクトを仕切る役回りなのだから、アクションプランが出てくるはずと期待しての設定だった。

あるチームは「投票に行きたくなる魅力的な広告キャンペーン」に向けて、こんな質問を作ってきた。

 

・若者は政治に対して関心がないのではないか。

・そうした若者に対してどのような内容の広告が効果を持つか。

・広告の中立公平性はどう保ったらいいか。

 

画像

一つ目は、若年層の投票率を調べたから立てられた問いだろう。三つの質問を設ける前に、基礎的データを得るための事前の問いがあったことがわかる。過去の投票率、年齢別の傾向を見たようだ。そこでつかんだ現状に、二番目の質問で切り込んだ。それを考えることで、広告の内容だけでなく、使うのはネットか、テレビかなどと媒体にも発想は及ぶだろう。その上に立ち、最後の質問では、広告全体を俯瞰している。これらから、チームで緊密なやりとりがあったことが窺える。質問に沿って調査、検討を重ねれば、投票に行きたくなる魅力的な広告ができそうだとワクワクする内容だった。

これに対し、こんな発表をしてきたチームもあった。

 

・選挙に行かない人はどのぐらいいるか

・なぜ行かないのか

・どうしたらいいか

 

どうやら、投票率の推移など基礎的データも調べていない。前出のチームが、本質問に至る相当前の段階で作ったであろうレベルの問いが、そのまま出てきている。検索用のキーワードじみた質問であり、とても広告効果にまで検討が進むとは思えない。案の定、何も詰められないまま時間切れになったのか、チームをクロスさせた質疑応答でも、誰が答えるか視線を飛ばしあい、しばしば沈黙する様子が目立った。

事前打ち合わせの日程調整がうまくいかず、誰か一人が単に形を整えたのかもしれない。たかだか授業の発表、しかも二単位の授業だから落としてもいいや、などと楽観した学生がいたのかもしれない。結果は、お決まりの「○○のせい」のリフレクションシートだった。

思い起こせば、「○○のせい」は教室内だけの話ではない。「大人」の世界でも同じだ。筆者も新聞記者時代に、取材の現場でよくこのフレーズを耳にした。「○○のせい」は分かりやすい。けれども結局、思考停止でしかない。犯人探しには問題解決に向けた妥当性があるかに見えるが、そこに至った過程や関わった人のそれぞれの事情の検証なしには、全く無意味だ。

 

人はみな旅せむ心鳥渡る 石田波郷

 

新学期が始まり、顔ぶれがちょっぴり変わった。不思議なことに、「誰かのせい」を頻発する学生は履修が続かず、課題の提出数も伸びない。反対に「自分のせい」と悩む学生は履修が続き、成績が振るわなくても授業に参加してくる。その顔を目にすると、心が妙にあたたかくなる。問いかけの旅をともに苦しみ、楽しもう。

 

この記事は「文部科学 教育通信 No.494 2020年10月26日号」に掲載しております。

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