連載

授業ノートから 第4回

バーチャルとリアルで学生は育つ

上智大学特任教授
帝京大学客員教授
松本 美奈

 

七月十八日(土) 午前十一時。雨。

うっとうしい空模様を吹き飛ばすような活気が、帝京大学八王子キャンパスの一室にはあふれていた。「ClassQ」の今学期初の対面授業で、上智、帝京、聖路加の学生三七人が顔をそろえたのだ。新型コロナウイルス対策で東京への出入りには神経を使う時期だから、地方や海外の学生二〇人は、これまで通りパソコンでの参加となった。

「はじめまして」。顔を合わせるやいなや学生は一斉に挨拶した。五月の学期始めからパソコン画面では何度も会い、話しているはずなのに、なぜかその言葉が口をつくようだった。

そして続いたのが、「ずいぶん身長の高い人なんだね」「もっと大きな人かと思っていた」……ほぼ全員が互いの身の丈に触れていた。確かに、画面で身長はわからない。私に対しては「先生、意外と若いんですね。学生かと思った」とも。おやおや、ずいぶんと如才のないこと。

Class Qの今学期の最終課題は、中小企業のPRポスター制作だ。対象企業はチームで自由に選び、誰に見せるのかも自由に設定する。大事なのは「Public Relationship」――当該企業が社会と信頼関係を結ぶためのポスターにすることで、欠かせない第一歩が、新聞を読み、社会を考え、今という時代における企業の存在意義を考える姿勢だ。それに沿って事前調査や企業のインタビューを行い、消化した内容を図案化し、ポスターに仕上げていく。

企業へのインタビューも時節柄、パソコン画面でのやりとりになることが多い。ただポスターはどうしても模造紙に手描きとなり、集まる場所が必要になる。この日はそのために用意した。

初対面とあって、学生は相当緊張していたようだ。上智大学は学生のキャンパス使用を制限しており、同大の一年生は大学生となって初めて、大学キャンパスに入ったことになる。授業後に提出されたリフレクションシートには、こんなふうに書かれていた。

「今日、初めて大学生として大学に足を踏み入れた。自分が入学した大学ではなかったが、大学生になったのだという実感が湧いた。帝京大学があまりに綺麗というのもあるが、毎日キャンパスに通い、友達と一緒に学びたいという思いが強くなった」

長く続く閉塞期間。仲間とキャンパスにいられる心の弾みは、自分の大学であっても、上級生であっても変わらないらしい。「まるで芸能人に会うような、特別な感覚」とは帝京大の三年女子。教室がライブ会場のように華やいだ雰囲気に包まれたのは、それが大きいだろう。

チームは全部で一二あった。事前にパソコン上のやり取りで下絵を準備していたチームは、早速作業に取りかかっていた。「○○ちゃんその紙切ってよ」「私はこっち片付けるね」「先生、質問!」。模造紙や折り紙をハサミで切り、マーカーを走らせながら、キャッチコピーの内容を話し合い、合間に雑談にも花を咲かせる。マスクに覆われた口が休むことはない。

同じ教室内で一つのテーマに取り組むのだから、他チームの進捗状況も気になる。学生たちはよそのチームの状況を偵察に行き、そこでコメントのやりとりを始める。ジャイアントパンダ一頭分の距離をお互いの間に保ちながらも、いやはや、よくしゃべる。窓も入り口も全て開放してはあるが、酸欠にならないだろうか。

中にはメンバー一人以外が全員、地方在住というチームもあった。唯一の出席者が背中を丸めてパソコンに向かい、メンバーの意見を確認しながらポスター制作を進めている姿は、他チームにも強い印象を残していた。

「(ひとりで制作する)○ちゃんはすごい。強い」。その思いが「何か手伝うよ」という声かけにつながっていく。チーム内で孤立している一年生を見つけ、他チームの三年生が対話をとりもちに入る場面もあった。

午後一時半からは中間報告会に切り替えた。予定の四時までを漫然と作業だけに充てるのはもったいない。虹をイメージしたカラフルな作品や、紙を貼り合わせた「仕掛けポスター」など、できかかった中間の成果物を手に、次々と学生は教室の前の方に立った。

「この緊張感。顔を上げるだけで映るみんなの顔、姿勢。(昨年の)秋学期まで発表するときに見えていた景色だ。一瞬で思い出した」(四年生女子)

その女子学生の携帯電話がバッグ内で鳴った。慌てて走って止める姿を、学生全員が見守っている。以前の対面授業では見られなかった光景だ。「Zoom慣れって怖いな」と呟く学生も。不便さに文句を言いつつ、パソコンと向き合うひとりの世界に慣れてしまったようだ。

久しぶりに対面で発表させると、学生の立ち居振る舞いが妙に気になる。緊張するのか、足をそわそわと動かし、私語をする男子学生も目立った。先輩学生の指摘はいきおい厳しくなる。

「クネクネした立ち方や、いい加減な発表内容、発表できないと思って逃げる行為。対面であったら、こんな授業後半で注意されるような言動ではないだろう」(三年生女子)

「中間発表で先生や学生の質問を受けているチームを見たとき、やはりこの緊張感は対面でしか出せないなあと再確認した。自分が発表する際もZoomの一〇倍は緊張し、体が震えた」(二年生男子)。

画像

それでも、全般的にあふれていたのは笑い声だった。

「Zoom上での話し合いよりも笑いが多く楽しい時間だった」(二年生女子)。表情がよく見えるだけではない。首から下の動きも目に入ってくるから次の動作を想像しやすく、お互いの感情を受信しやすくなるのだろうか。一人が笑うとチームに広がり、「なんだなんだ」と集まってきた他チームにも笑い声が伝播する。

授業といえば対面しかなかった頃、こんな風景があっただろうか。学生はしょっちゅう、チームのメンバーに対する不満を口にしていた記憶がある。やれ、誰それが非協力的だとか、逆に強圧的だとか。何が起きているのだろうか。

東京都内のコロナの新規感染者数が二〇〇人台で推移する中で、あえて対面を取り入れることにかなり迷いがあった。それでも対話の意味を知ってほしかった。

「帝京大学はとても遠く、コロナも怖くて行くことを渋っていました。でも、来て正解でした。モチベーションを保って足を運んで頑張った私に感謝です」(三年生女子)。

意図はたぶん伝わったと思うし、また次の機会を作りたい。けれども、状況が一気に好転するわけではなく、今後もパソコンでのやり取りは不可避。対面は限定的にならざるをえない。対面での会話の楽しさを知った学生たちは、どうやって画面の向こうで過ごすのか。

「以前、先生が話していた観察力が求められるのだろう。限られた映像の中から細部まで読み取ろうとする努力が必要だ」(二年生女子)。

 中間発表時に質問を浴び、自信なさげに足を動かしていた二年生男子も「質問をすることは、あなたの話を聞いているよ、という意味なんだとよくわかった」と振り返っていた。

 

濃き影を抱きて新樹並びをり  高浜虚子

 

教室を出る頃には雨が上がっていた。不便も不満も言い始めたらキリがない。学生たちは育っているじゃないか。今はそれでよしとしよう。

 

この記事は「文部科学 教育通信 No.490 2020年8月24日号」に掲載しております。

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