連載

異見交論 第9回

未来工学研究所主席研究員 中崎孝一氏
文科省は「国立大学の下に」あるべきだ

大学とは何か。どんな価値を持つのか、進むべき道はどこにあるか。
大学人や政治家、官僚、財界人らに大学への本音を聞く。

文・松本 美奈 ジャーナリスト、一般社団法人Qラボ代表理事

国際競争力の向上――国立大学の法人化所期の目的に、法人化16年で寄り付けたのか。「いや、評価は難しい。なぜなら、国立大学を国営企業にしてしまったから」と断じるのは、国際産業競争戦略などを専門とする未来工学研究所主席研究員の中崎孝一氏だ。ではどうすれば? その立場から提案したい国と大学の望ましい関係は「国立大学の下に文科省があること」だという。つまり文科省が「事務サービスの提供者」として国立大学に関わるべきだと。底にある考えを質してみた。

国立大学は時代遅れの「国営企業」

――科学技術力、国際競争力を研究する立場から、現状をどう見ているか。
中崎 科学技術力が低下し、日本の国際競争力は落ちている。その要因として、科学技術研究の中核にある国立大学法人のあり方に疑問を感じている。
旧国立学校設置法の時代は、国立大学の上には何もなかった。文科省も国立大学も同じ国家公務員法の中にあり、並列の関係だった。国立大学法人法により、文科省が「目標管理システム」を導入した。文科相が各国立大学に目標を付与し、それを元に大学が立てた計画を文科相が認可する形になった。法人の資本金はほぼ100%国の出資、土地建物設備も出資する。企業体としてみると、国が親会社で各国立大学は子会社。上下関係ができた。これはすでに、独立した法人とは言えない。
そのうえ法律条文には、法人組織のコストパフォーマンスを最大化する工夫がみられない。法人経営の経験や法人の組織設計の専門知識をベースに作成された法律とは思えないのだ。
利益相反のようなこともある。この法律は国立大学法人化の名目のもとで、実質的には法人化に逆行する制度改変となっている。実質的な法人化が行われてしまっては困る、不利益を被る何らかの利害関係者の力が法案作成過程で働き、法人化を有名無実化する結果となってしまったのではないかと疑ってしまう。
――法人化前の国立大学協会総会でも反対意見が出されていたようだ。このシステムが「社会主義中央経済の失敗を教育研究の場に持ち込むものである」と。
中崎 旧国立学校設置法では、国立大学はまだ独立した法人に近かった。皮肉なことに、法人化の名の下に、国営企業化してしまった。しかも、20世紀、古い時代の中国国営企業のような。全くの時代遅れで、今の時代にはそぐわない。
こうしたヒエラルキー型の組織機構は、かつては機能していた。大量の労働者をマニュアル通り正確に働かせるような場合だ。チャップリンの映画を思い出せばわかるように、工場経営に向いている組織形態だ。
――時代の変化に対応できなかったということか。
中崎 そうだ。情報革命後の1990年代後半からは、企業もピラミッド型ではない組織を模索している。個々人の内発的な情熱や好奇心を喚起しなければならないからだ。例えば自主管理組織であるとか、ホラクラシー型組織(役職や階級のないフラットな組織形態)とか。現場に自己決定権や裁量を持たせたりすることで、新しい組織の形、情報社会型の時代に合う組織を模索している。中でも、イノベーションを起こしたり、研究成果を生み出したりするには、産業社会型組織では合わない。

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今の国立大学法人は、そうした組織形態のありように加え、文科省の目標管理システムによる一元的管理の下、個々の研究者の意欲が削がれるといった問題も抱えている。文科省の評価との紐づけで降ってくる予算、限られたパイをできるだけたくさんとるという、国内の国立大学同士の競争に向かわざるをえないよう動機付けされており、国際競争には向いていない。情報革命以降の研究開発は、グローバルに評価を受けることによって革新される。にもかかわらず、官僚組織が管理する限られたパイのお金をどうとるかに腐心しているのでは、当然、その潮流には乗れない。しかも評価者が、そうした研究開発の現実を知らない官僚とあっては、革新的なものが生まれるはずがない。国は、あえてグローバルな研究競争から遅れる仕掛けを作ってしまったのだ。何をもって国立大学法人化が国際競争に役立つと思ったのか、理解しがたい。
――当時の国会答弁などから推察すると、国立大学が自律し、自らの裁量で経営する法人を目指していたようではある。だが、独立した法人に税金を投入する理屈がない。そうした中で、理念と実際の運用がちぐはぐになってしまったのだろうか。
中崎 文科省のマネジメント能力の問題が大きいのではないか。国立大学を子会社化して目標管理システムで管理するには、相当なマネジメント能力が必要だ。文科省にそれがあったのか。いや、ない。そもそも、文科省は法人をマネジメントしたことのある人たちの集団ではない。「われわれが管理できる」と思ってしまったことが、間違いだった。なぜそういう間違いを犯したかというと、そもそも、マネジメント経験がなかったからだ。
――なるほど、そもそも経験があれば自分にできるかどうかぐらいは分かる、というわけか。企業だったら、そうはならないのか。
中崎 そういう間違いは企業でもある。どういう時に犯すかというと、M&Aの時だ。買収した会社を急速に自社に統合しようとして、買収した会社のいいところを潰してしまうことがしばしばある。
――自分の知っている範囲で「芽が出そう」というところだけを残して、自分の知らない部分は潰すということか。
中崎 そうそう。スタートアップでテクノロジーやビジネスモデルが先進的という場合に多い。ところが、買収して大急ぎで大企業の官僚的組織の中に統合しようとすると、スタートアップの柔軟性や有機性、起業家の人間性に集まってきた人たちの意欲や能力が弱まり、削がれてしまうことがよくあるのだ。それと同じ事態が、国立大学法人法で大規模に起こった。各大学の財産である研究者の情熱を殺してしまったのではないか。

内発的動機づけ

――今、多くの企業が、社員の意欲を喚起するための工夫を研究しているようだ。国立大学にも活用できないか。
中崎 企業は、M&Aや産業社会型組織がうまくいかないということを経験し、新しい形態やマネジメント手法を模索している。実践事例や研究成果の一つが、行動経済学や行動心理学を応用したヒューマンリソースマネジメント、組織論的な考え方だ。そこでよく使われるキーワードが「内発的動機」だ。対義語は「道具的動機」だ。道具的動機とはお金や地位、内発的動機は研究テーマに対する自分の情熱、探究心、好奇心、研究者仲間との共感、共に働く喜びなどだ。道具的動機より内発的動機の方が、生産性が高い。クリエイティブなものを生み出す原動力になる。いろんな実証例が出されている。教育研究の分野においては、主導的な役割を果たしている。
――両者の関係は。
中崎 道具的動機が高まると、内発的な動機を殺してしまうとも言われている。ただ、それについては議論がある。内発的動機を高めながら、社員をマネジメントするにはどうしたらいいかという問題だ。答えの一つは自己決定権を持たせること。例えばコールセンターの現場責任者だとしたら、オペレーターに対し「一から十まで全部命令通り働け」では内発的動機は高まらない。この部分は自分で考えて対応してほしいのだが、どうしたらいいと考えるか、と渡す。その方法を自分で決めたという自己決定感を自覚してもらうことで、より高いパフォーマンスが期待できるのだ。企業ではここ十年あまり、そういう取り組みが広がっている。
――国立大学法人法の仕組みは「内発的動機づけ」も損なっていた、ということか。
中崎 運営費交付金や競争的資金を「インセンティブ」として設計するのなら、慎重さが不可欠だ。単に道具的動機、「お金が欲しい」を刺激すると、内発的動機を弱め、いい成果が出てこない。
国立大学法人の問題点は内部組織にもある。経営協議会と教育研究評議会に分け、教育研究のプロを経営的な意思決定から遠ざけていることだ。そうすると、自己決定感を持ちにくく、内発的動機付けも喚起されにくい。すでに触れた、現場にいない文科省の一元的評価システムによってコントロールされていることも、内発的動機づけの低下に拍車をかけている。

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――経営協議会と教育研究評議会を置くことの何が問題だろうか。
中崎 自動車メーカーが自動車製造評議会と、経営協議会を置いていると考えて欲しい。おたくは自動車を製造する会社じゃないの? 自動車製造ではない経営って何? ということだ。大学の本業は教育研究で、教育研究ではない経営協議会で何を協議するのか。例えば教育研究評議会で挑戦的な研究プロジェクトを立てたとする。同じように挑戦的なプロジェクトBも考案した。すると予算が必ず問題になる。Aにはいくら、Bにはいくらの価値がある、AとBをどう扱ったらいいのか、両方を合わせることができるか……。経営はダイナミックに判断されるものだ。教育研究評議会の発想に対し、経営協議会がスタティックに予算をつけるというものではない。それでは、改革マインドも動かない。経営協議会の人は、改革や新しい価値がわからない。現場を知らない人が経営をしているからだ。企業でもよくあることだ。経営をするのなら、教育研究がよくわかっていないと、判断ができない。あえて二つの審議機関に分けることで、革新的なものを生み出しにくくしている。
――構成員は問題にならないだろうか。経営協議会には学部長クラスが入っていることもある。教育研究評議会のメンバーでもある。

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中崎 法律上は経営協議会に学部長が入らなければいけないという規定にはなっていない。結果的に入ったとしたら、なおさら教育研究評議会と分ける合理的な説明ができない。無駄が多いからだ。
評議会と協議会が役員会の下にあることも意思決定を遅くする。月一回か週一回か知らないが、ダイナミックな意思決定をする場が三つに分かれている。その三つのやりとりの中で、とがった部分が削られることになる。革新的なものが出にくくなっている。
――86の国立大学が、国の定めた法律通りの組織を持つ必要があるのだろうか。
中崎 まさにそうだ。自分たちの組織は、自分たちで決めればいい。大きい大学と小さい大学とでは、適合的な組織のあり方が違う。時代によっても、地域性によっても違う。地域との関わり方もあるだろう。人間的な要素もある。変えることによる意味もある。法が作った器の中で凝り固まっているところを見直すことが、現状の突破口になる。
――巨大な国営企業という全体像の中で、各大学が同じ組織を持ち、それぞれの内部での機動性を欠き、革新的なものを出にくくしているということか。巨大企業としてのスケールメリットぐらいは期待できそうか。
中崎 一般的に、6万人の巨大な組織であれば確かにスケールメリットはある。特に製造業なら大きい方がいい。コストが下がるし、大量生産によってマーケットシェアを取れる。そのマーケットシェアが、さらなるマーケットシェアを生む仕組みだ。
だが、教育研究はスケールエコノミーが効かない世界。巨大ではあるが、もともとスケールエコノミーが効かない業務だ。大きな矛盾を抱えている。

「評価」も大学の創造性を損なった

――巨大さが、その業務に適合していないということか。先ほどマネジメント能力がキャパシティを超えているという話があった。では、大学数がどのぐらいだったらよかったのか。法人化当時は、国立大学の数の「大幅な削減」も明記されていた。
中崎 いや、そもそも法人化が無理だったのだ。目標管理システムで管理しようとしたこと自体が誤りだ。本当に法人化したいのなら、文科省は「国立大学の下」にいなければいけない。かつての旧国立学校設置法がよかったとは言わない。教授会の存在が最も厄介な問題だった。法人化後の意思決定よりさらにひどい。教授会を廃止したのはよかった。ただ何度も言うが、目標管理システムの下に置いてしまったことは間違っている。
――評価システムについて聞きたい。法人化の際「第三者評価による競争原理の導入」が明記された。以来、国立大学は、法人評価委員会や認証評価機関による評価なども受けている。これで大学はよくなっただろうか。
中崎 よくなっていない。目標の決定とプロセスが法律で決まっている。
だが、優れた研究成果を生み出すには有機的でなければならない。タイムスケールも「6年計画」とか「年度計画」とかいう決まったものでは対応できない。突発的にアイデアが出てきてチームができ、プロジェクトが始まる。それに対し、柔軟に予算を付けられる。そういった動きが同時多発的に起きる状態が、新しい価値の創出に結びつく。それが研究開発に適合的な組織だ。
――官僚組織の中で動き、評価も受けるシステムでは、国立大学は社会と向き合わないということだろうか。
中崎 根本的な欠陥は、「市場」がないということだ。国立大学法人という制度がそういうふうに仕向けるシステムになっている。内発的な動機を弱めてしまっているからだ。だから、市場競争がない。競争はあっても、それは文科省からできるだけたくさんのお金を取るという競争だ。文科省から評価を得る競争は、現実の市場を見ていない。中国の国営企業が政府のご機嫌取りをして、できるだけたくさんの予算を取るという図と同じだ。
企業は市場で競争している。そこでの評価者は消費者と投資家だ。科学技術にとっての市場はグローバルなもの。情報や成果が一瞬にして世界に流通する時代なのだ。

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――研究開発の評価者は誰か。
中崎 税金が投じられていることを考えれば、国立大学の評価者は「納税者」のはずだ。だが、研究開発の評価者は実は研究者のコミュニティではないだろうか。優れて先進的、挑戦的なものであるとの評価は、その分野の専門家でしかできないのではないか。となると、研究者のコミュニティがうまく機能することが大事だ。それが、文科省が一元化評価することで市場競争が働かなくなる。グローバルな競争でもなくなる。「世論の時流を追う」「その時々の政治的意向に従う」行政官が、「真理の追求」を旨とする大学を支配することで原理的な葛藤をうみ、創造的な研究成果を創出しにくくしている。
――何か根拠があるのか。
中崎 各種の白書データから明らかだ。挑戦的な研究テーマが減り、トレンドを追う研究テーマが増えている。研究者の研究時間が減少し、創造的研究が抑制されている。
法人化によって非公務員化されたが、研究者の身分や給与は文科省による評価や予算裁量に依存する。中高年研究者の無期雇用が温存される一方で、有期雇用の若年研究者が増大している。法人法でつくられた組織が研究者や科学技術コミュニティへの配慮に欠けるため、内発的動機を劣化させるメカニズムが内在している。
――研究者コミュニティに評価されればいいということに、疑問が残る。社会の評価から離れた閉鎖空間での評価のように見えるからだ。
中崎 研究者コミュニティは、仲良しチームではない。専門分野は同じでも、全く知らない人同士でもある。ここでは、グローバルであることがポイントだ。科学技術の世界で、どのように競争原理が働くようにするか。どうやってプラットフォームを作るか。それが、大学の果たすべき役割だ。

国との自律的契約関係

――法律を作った国側の問題は理解できるが、国立大学側に問題はないだろうか。国立大学にとって、文科省からの独立は「悲願」だった。法人法制定前には議論があったが、今、法人法廃止の狼煙が国立大学側からなぜ上がらないのか、わからない。
中崎 名前と中身が逆の法律だと見抜く力が、国立大学になかったのだろうか。法人という名称が入っているので、自由になるのだと解釈してしまったのだろうか。新自由主義と反対する人がいれば、もっと競争的にしなければいけないという人もいて、イデオロギー対立のような議論が目立ったように見える。その中で本質的なところ、大学の教育研究にとって本質的な法人化とはどういうことかという視点が抜け、表層的な議論に終わってしまった。国立大学法人とは何か、本当の中身について議論ができていなかったのではないか。
――そのまま一六年間過ごしてしまったということか。今後、どうしたらいいと考えるか。
中崎 文科省がまず国立大学の下にあるべきだ。大胆な発想転換が必要だ。文科省は行政サービス、または事務サービスを国立大学に提供するサービスプロバイダーへと位置付けを改めたらどうか。そこからスタートする。
両者間で「自律的契約関係」を結ぶ。自律的契約関係は、国立大学側の内発的動機付けを高め、クリエイティブな研究成果を高めるための仕組みだ。新しいことでも難しいことでもなく、企業同士は自律的に契約している。
――86通りの契約ができるということになるか。
中崎 自律的契約の「枠組み」は法律で定めればいい。現行の法人法は評価システムや方法、大学内の組織構造まで決めてしまっている。そうではなくて、自律的に各大学が文科省との関係を結べる、設定できる枠組みを定めればいい。国立大学法人法という名前はそのままでもいいけれど、本物の法人にすべきだ。そのためには、大学と文科省との関係を白紙に戻さなければいけない。
――運営費交付金はどうなるか。独立した法人に国が税金を投入する正当性はあるか。

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中崎 ある。納税者の利益になるからだ。日本の科学技術の発展、国際競争力の強化は、国の経済を支え、豊かにする。子どもたちが科学技術に憧れ、夢を持たせてくれる。いろんな利益がもたらされる。教育ももちろんだ。科学技術に憧れた子どもたちから、将来の研究者も育つだろう。
運営費交付金を出しているのは、納税者だ。文科省が身銭をきっているわけではない。文科省は、納税者の代理人として供出しているだけだ。独立した法人であっても、その業務は法人が儲かるためではなく、社会のために貢献することだ。そこに国税を投入する正当性がある。
――私立大学はどうなるか。
中崎 憲法の規定がある。私立大学に出していること自体が例外的な措置だ。国立大学と私立大学の違いが明確にできれば、独立した法人に国税を投入する正当性は説明できる。
――議論しなければならない難しい問題が残されているということか。先ほどから企業と比較しているが、例えば株式会社化すればいいのか。
中崎 そうは思わない。企業が高いパフォーマンスを上げるための適合的な組織と、教育研究の大学がパフォーマンスを上げるために適合する組織は違う。株式会社の真似をしろとは言わない。企業の目的はもうけることで、大学の目的は社会への貢献、教育、研究、科学技術力の向上などだ。目的の違いを認識しないと。
――コロナ後の「ニューノーマル(新常態)」に向けて、社会が大きく変わらざるを得ないところに来ている。国立大学はどう変わらなければいけないのだろうか。
中崎 世界中がニューノーマルに移行していく。産業社会時代の工場とは違い、何千人もが同じ場所で同じことをしなくてもいい。そういう仕事が増えていく。産業社会時代の名残で同じことをしてきたが、根本的な発想の転換が要る。
大学像にしても、物理的に一つの場所に集まってというままでいいのか。オーストラリア政府は生涯教育を推進するために、もっと分散化させようとしている。四年制大学にこだわらず、ライフステージの都合の良い時に大学に入ったり出たりできるプラットフォームを作ろうとしている。こうした傾向が、コロナで加速するのではないか。

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――そうした世界の「新常態」の中で、国立大学も生きていくということか。どういう姿がいいのだろう。それを支えるのは、やはり法律なのだろうか。
中崎 ガバナンスの体制、意思決定のプロセス、ガチガチの評価システムをやめて、会社法上の組織の枠組みをいったん採用する形はどうだろうか。企業では、会社法上の枠組みをもとに、それぞれで取締役の人数を自由に定め、どういう構造にするか決めている。法律は枠組みとして使うだけだ。企業の真似をしろというわけではない。普遍的な枠組みとして使うという意味だ。上場企業の制度的な枠組みを議論の土台にするのだ。
社員持ち株制、たとえば教職員が51%を持つ、といったことは考えてもいいのではないか。そうして、内発的動機を高める。昔の教授会はだめだった。今も教育研究評議員を学長が任命する仕組みなので、学長が派閥を維持できる。抜本的に変えようという動きが阻まれやすいことになる。だから、教職員に自己決定権を持たせ、内発的動機を高めつつ、かつデモクラティックではなくて思い切った経営判断ができる組織を作るのだ。51%以上を保つことで、買収されないようにする。あとの49%を公開したらどうだろう。
――この49%を国が持ったら、どうなるか。
中崎 それでも、今よりはマシだろう。株主総会で決めることは限られている。少なくとも、今よりは意思決定が早くなる。私も一納税者として、国立大学に社会に貢献してほしいという期待がある。過去に重要な役割を果たしてきているし、国際競争の中でもっと伸びていく潜在的な力はあるはずだ。同じ税金を使うのなら、潜在的な力を引き出し、発揮してほしい。

 

 

ひとこと

コロナでオンライン授業が爆発的に広がっている。教育の姿の変容は、学生、そして単位の定義も変えざるを得ないだろう。それは大学のありようの大変革を意味し、存在意義も根本から問われることになる。「国立大学と私立大学の違いが明確にできれば……」。中崎氏の一言に、国立大学、そして文科省はどう応えていくのだろうか。(奈)

画像まつもと・みな
ジャーナリスト、一般社団法人Qラボ代表理事。上智大学特任教授、帝京大学客員教授、実践女子大学学長特別顧問。元読売新聞記者。著書に『異見交論崖っぷちの大学を語る』(事業構想大学院大学出版部)、『特別の教科 道徳Q&A』(共著、ミネルヴァ書房)など。

この記事は「文部科学 教育通信 No.487 2020年7月13日号」に掲載しております。

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