連載

異見交論 第8回

東京大学教授 松尾豊氏
国立大学は今の100倍稼げる!

大学とは何か。どんな価値を持つのか、進むべき道はどこにあるか。
大学人や政治家、官僚、財界人らに大学への本音を聞く。

文・松本 美奈 ジャーナリスト、一般社団法人Qラボ代表理事

ちょっとした発想の転換で、研究費を最少時の百倍超にも増やした研究者がいる。AI(人工知能)研究の第一人者、東京大学の松尾豊氏だ。秘訣はむろんAI、ビッグデータの駆使――ではなく、「相手の立場で物を考える」ビジネスの発想だという。そして強調する。「発想を変えれば、国立大学は今の百倍、一千倍は稼げる」と。

研究費獲得競争の内幕

――今、どのぐらいの研究費を企業から受けているのか。
松尾 国から研究費を取らなくなった直後は、わずか200万円だった。そのあと増やして、今は年間3億円ぐらい。安定的にやっている。
――国の研究費を取っていないのか。
松尾 そうだ。2011年に、もう取らないと決意した。JST(国立研究開発法人科学技術振興機構)やNEDO(同新エネルギー・産業技術総合開発機構)などのものも合わせて約四千万円、それまでの研究費の期限がちょうど切れるタイミングでもあった。
前年の2010年にツイッターで地震を検知するという論文を書いて発表していた。今でも4千件以上の引用がある論文だ。その頃、年間1億円ぐらいの研究費が公募された。社会的な現象をウェブから把握するという内容で、どう見ても僕がぴったりと感じ、かなり準備して応募したのに落ちてしまった。この分野の大御所の先生がいたからだ。その先生より僕の方が業績としては高く評価されていたのに、大御所が送り込んだ人が出したテーマが採択された。それが、別の道に進む引き金となった。
研究の世界でも年功序列があり、大きな研究費を取るには年をとっていないといけない。前からバカらしいとは感じていた。AI、ITの分野は20代から30代にかけてが一番力を発揮できる時期。その時期に大きなお金を動かせない。全くナンセンスだ。この仕組みでは、僕が50歳以上にならないと、お金を動かせるようにはならない。その頃には若い元気な人たちがいっぱいいて、僕は逆に足を引っ張る側になっているだろう。どこかの時点で資本主義に切り替える、企業からお金をもらうことをベースにしないといけないと思っていたのだ。国からの研究費頼りでは、年功序列のしがらみから抜けられない。この状態は日本の経済の先行きも危うくすると思う。
――研究費の採択が年功序列で決まるのか。審査員は何を見ているのだろう。
松尾 コツがある。申請書類の完成度を上げればいい。審査員の先生方は忙しいからパッとしか見ない。見た時にどのぐらい「これは、ちゃんとしている」感を出せるか。それが大事なんだ。表現の問題だ。論文の書き方も、研究費申請書の書き方も同じ。自分が審査員の心をシミュレートできるようになると、(申請が)通るようになる。読者の気持ちがわかるようになると、いい文章が書けるようになるのと一緒だ。
そのワザを使い、「この研究が世の中の役に立ちます」と伝えるだけでいい。ただ、書類がよくできていることと、世の中で実際に役に立つかは別問題だ。単なるワザの問題だからだ。だから(申請する研究者は)みんな、そこだけが上手くなる。書類の世界で、いかにすごいか、役に立つかを言い立てる競争をしているだけだ。そのワザに長けた人が研究費をとる一方で、すごい研究をしていてもワザが不十分な人は研究費をもらえない構造になっている。研究費を取るための軸と、世の中の役に立つ軸がずれている。
――国の研究費を取ると、報告書作成の手間がかかると聞いていた。その煩わしさを厭ったのではなく、問題意識を持って舵を切ったということか。
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松尾豊(まつお・ゆたか)
1975年、香川県坂出市生まれ。東京大学教授。独立行政法人産業技術総合研究所研究員、米スタンフォード大学客員研究員などを経て現職。著書多数。趣味はソフトボール、テニス。考え事をするのが好き。
松尾 国の研究費に関する報告書作成は、大したことはない。実際、国からの研究費をやめ、トヨタの子会社から200万円とって共同研究を始めたら、いかに国の研究費を取るのが楽か、よく分かった。国の研究費の場合、論文を出して、報告書をまとめて、だけでよかった。お役所仕事だから、追加で説明を求められることはない。
それに対して企業との共同研究は、この成果がどう社会に役立つのか、上司にどう説明したらいいのか、と大変だった。200万円でこんなに苦労するのか、とため息が出た。ちょうどその頃、経営共創基盤(IGPI)の川上登福さんと出会った。研究費を取るために僕が苦労しているのを見て、1千万円から2千万円の案件を持ってきてくれた。すごく嬉しかった。
川上さんのやり方を見て気づいた。相手の立場に立った問題設定が大事なんだ、と。僕も含め、研究者は自分の技術、手法がすごいでしょというだけで、相手の問題を解こうとしていない。
しかも、川上さんは企業の人たちが「こういうことに困っている。なんとかして欲しい」と言っても、反論する。例えば、企業側がこういう状態をテクノロジーで解決したいと言うと、「その前にすべきことがいっぱいある」と言ったり。そうやってやりとりを重ねると、技術でしか解決できないことは何かが絞られる。実際に着手しても、できるだけ簡単な方法を探している。こうしていくと、従来よりも技術的には簡単なのに、事業に使えて役に立つことを相手に示せる。これまでは、最先端の技術で精度を上げることばかりを考え、実際に使う側の身になっていなかった。
――「実際に使う側」、つまりお客さんの身になるということか。最先端の研究が、必ずしも相手の課題を解決するわけではない、というのは意外だ。
松尾 研究者は独りよがりになる傾向が強く、相手が解きたい問題を考えていない。課題設定だけで、研究の価値の7、8割は決まる。課題設定さえできれば、価値が上がるということだ。
それまでの僕は自分の安売りをしていた。自分の技術はすごいでしょ、って思っているから、それをわかってくれる人がいると嬉しくてしようがない。さあ、やりましょ、お金のことはいいからって安売りしていたんだ。
IGPIと一緒に仕事をするうちにそのことがよくわかり、松尾研でもコンサルティングファーム出身のスタッフを採って、役割分担を始めた。僕は技術的にできることを説明し、あとはスタッフが交渉をする。僕は値段の話をするなと言われている。タレントと事務所の関係のようだ。
国の研究費をやめ、ビジネスの現場に行ったら、自分の発想も広がった。

企業人に対するリスペクト

――お話を聞いていると、研究者には珍しく、ビジネスの世界に対する敬意を感じる。
松尾 僕自身もベンチャーを立ち上げて、大変な思いをした。だから、それを大きな規模でやっている企業はすごいなと思う。大企業の創業者たちはまさしくゼロから始めて、儲かる仕組みをつくった。それが資本主義の根源で世界を変えた。めっちゃすごい。そういう企業が税金払っているから国の仕組みが動いている。そう考えると、企業人、企業ってすごい。リスペクトの気持ちが当然、出てくる。そういう敬意もあって、企業の事業構造を理解しようとか、なんとか役に立ちたいとかを考えるようになった。でも多くの研究者には、そもそもそういうリスペクトがない。それが根本的に問題だと感じている。
――敬意はない、どころか「ビジネスに近づくと汚れる」と嫌悪感を示す研究者もいる。
松尾 僕も前はそうだった。自分でベンチャーを立ち上げるまでは、ビジネスなんて自分でもできるぐらいに思っていた。
だができなかった。僕は、抽象的な思考が好きなので、知能とは何か、とか、それをどう実現したらいいかとか考えているのが好きだ。ところが事業は、ある程度以上の抽象性は不要で、お客さんが手にしたときにどんな気持ちになるのか、業務プロセスをどれだけ改善できるかを具体的に詰めていく。僕からすると、具体性が上がると興味がなくなる。それは事業家としては完全にマイナスだ。
研究者は、人を使うのも上手くない。研究者自身が常に自分でモチベーションを上げなければ成果が上がらないからだ。自分で自分を鼓舞し、好奇心を持って研究を前に進める資質が備わっているのが研究者。自分で頑張るもので、周りにダメだと言われても挫けてはいけない。でもそれは、一般のビジネスを作るという観点から言えば、全然ダメだ。
――そうだろうか?
松尾 言い方は悪いが、研究者はバカな人に「バカ」と言ってしまう人種だ。ビジネスの世界で、バカな人にバカと言ってはダメなんだ。やる気を失わせるから。すごいよ、よくやったよ、と励ましたり……。そんなモチベートをするのは、研究者としてはやりたくない。自分でも苦手と感じていた。
ベンチャーには最初からキラキラの人ばかりが入ってくるわけではない。今いる人の中でモチベーションを上げる努力をしていかなくてはいけないが、僕はそういうのは苦手なんだ。
でもそれを得意とする人、いるだけで周りが活気づくという人がいる。そういう人が時流に乗ってうまくいったのが、日本の大企業だ。その仕組みの中で、どう役に立つかを研究者が考えれば、いくらでも活躍の余地がある。ところが今、ほとんどの研究者や大学が企業からもらっているお金は一案件平均で数十万円。東大でも、総額は大したことはないだろう。全く価値が出ていない。

産学連携がふるわない理由

――今の日本の企業には活力が乏しい。Google級の企業はない。
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「2005年から7年にかけて米スタンフォード大学にいて、イノベーションを生み出す仕組みに感心していた。大学と企業が融合し、そこからGoogleのような大企業を生み出し、株でもうけ、また次のスタートアップを生み出す。検索エンジンの作り方をYahooリサーチのトップが教えに来て、学生にはすぐにGoogleやYahooで通用するようなスキルが身につき、起業もする。こういうのを日本にできたらいいなと思い描いている。」
松尾 確かに今、日本にGoogle級の企業はない。だが、それは日本がインターネットが苦手だったというだけだと思う。半導体や内燃エンジンなどでは、世界的企業を作っている。インターネットは言語依存性が強すぎて、日本には向いていなかった。
完全に負けたのはインターネットぐらいで、90年代後半には、日本にも検索エンジンがあったし、SNSもあった。だがいずれも言語依存性が高いので、同じサービスなら、日本語より英語の方が、お客さんは20倍多い。
ソーシャルゲームの世界では、一時期惜しいところまでいった。グリーなどがシリコンバレーにオフィスを作り、日本での成功を海外展開のエンジンにしようと構想していたが、日本人とアメリカ人エンジニアのゲームに対する捉え方、日本語圏のお客さんとそれ以外の人のカルチャーが違うので最初に日本で作ったノウハウが通用しない。結局、負けてしまった。
いい物を作って、運べば売れるという、昔の製造業のようなビジネスではもう通用しない。相手がどんなカルチャーの人で、どんな物を欲しがっているのか、世界の人に合わせて行かなくてはいけない。
――研究者の問題もあれば、企業の側も問題がある。その結果が今か。
松尾 仕方がない部分もある。企業側からも研究部門の人が出てきて、研究者と研究者のやりとりが始まるからだ。大学の研究者は企業人とやりとりしている気になっているが、実は同じ人種同士で、意味がない。そうすると、同じ部門の人同士のお付き合いとして少額の研究費をもらう感じになってしまう。
大学の研究者が相手企業の事業にどういう価値があるのかを具体的に考えると、事業部の人とやりとりができるようになる。そうなると今度は、その企業の研究部門が横槍を入れてくる。「うちでもできますよ」と。研究者は、相手の社内事情もわかった上で対応する必要がある。
――企業がどのように構成されているのか、その向こうにいる社会にどう貢献できるかを考えなければいけないということか。

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松尾 そうそう。一番簡単なのは、コンサルティングファームを入れればいい。レベニューシェア(協力で生み出した利益を、あらかじめ決めておいた配分率で分け合うこと)にしたらいい。企業との共同研究をとってきてくれれば、総額の半分持っていっていいよ、という契約にするだけでワークする。
――なるほど定額制ではなく、もうかったらもうかっただけ持っていっていいということか。
松尾 そうそう。マッキンゼーでもいいし、ボスコンでもいい。この先生の研究をこちらの企業に持っていけば10億円になる、うちはその半分の5億円もらえるとなったら、より大きなお金を取るために動いてくれる。だが、大学の人たちは経済リテラシー、金融リテラシー、めっちゃ低いから(笑)。
――専門家集団のはずだろう。
松尾 そういう取引はそもそも嫌いなのだ。だから、社会と研究をつなぐ人を産学連携のような部署に固定給で雇う、といった発想にしかならない。
――産学連携が振るわないのは、そういう事情もあるのか。いずれにせよ、研究のレベルが上がらないと、ビジネスどころではないのではないか。
松尾 違う。大きいのは、若手の雇用の問題だ。研究を担うはずの若手が、研究に時間を使えていない。少子高齢化で大学内の人口構成比が変わっているのに、年功序列のせいで若手に課せられる仕事は昔と同じなのだ。
中でも、20代が研究の主戦力だ。新しいテーマを見つけ、実験したり、プログラミングしたりで論文を書く。30代、40代はマネジメントを手がけるようになり、若手を仕切って全体の方向性を決めたり、研究費を持ってきたり、外で発表したりする。50代になると大学全体のマネジメントに関わることになる。今のように40代、50代が増えて、20代、30代が減ると、実際のプレイヤーがどんどん減る。
――マネジメント層ばかりが増えた、頭でっかちの組織か。
松尾 そうそう。40代、50代は会議好きなので、会議ばかりする。東大もそう。若い人は実験やプログラミングの時間が欲しいのに、年配者に付き合わされて会議だ。そのうえ、若い層が昔のように多ければまだしも減っているのでいろんな雑用が降ってきて、しかも雇用は不安定とくる。
冒頭にも言ったように、研究費は年齢層が上の方につくシステムだから、年配者が大したビジョンもなく、若い人たちを振り回す。若い人たちはそれでも頑張ろうとするけれど、そもそも問題設定が悪いからどうしようもない。20代が主戦力だと認識し、お金の付け方も逆転させた方がいい。
――雇用にしても研究費の付け方にしても、時代に合っていないということか。
松尾 東大も、年齢分布を見て貰えば酷いことがわかる。40代、50代の人数が増えていて、若者だけに割をくわせていることがわかる。人口分布が変わらないから、問題点はわかっているけれども、しようがない。シリコンバレーで若い人が力をふるっているのは、資本主義の力なんだ。ベンチャーキャピタルがスタートアップに膨大なお金をかける。20代、30代に巨額の資金をつけ、それが大成功する現象が発生している。寄付も出てくるから、大学も若い人たちを認めざるを得ない。実力勝負の世界を作るところから大学を変えていくしかない。
――それこそ、国立大学が苦手なところではないか。「もうかってはいけない」文化があるようだし。
松尾 先ほど話したようなことを全学でやれば、稼げる。今の10倍、いや100倍は稼げる。

地方大学は? 人文社会系は?

――企業と共同研究ができる、お金がもらえるというのは、東大だからではないか。地方の国立大学では無理という反論も当然、出てくる。
松尾 企業との共同研究は、先ほど言ったように最先端である必要はない。地方の大学でもいける。問題は売り方だ。
――大学人、特に人文社会系の人は異論を唱えるのではないか。
松尾 大学はそもそも売るというのが嫌い。中でも、人文社会系の人はきっと反対する。学問というのはそういうものじゃないと。だが、AIの技術の議論をするならば、法律や経済の知識も必要だ。売る側、つまり大学側が詰め合わせセットじゃないけれど、この先生とこの先生とをパッケージにしてお客さんに持っていけばいい。
商売の仕組みを理解できないことも、研究者が稼げない要因だ。例えば、農業だったら、農業生産者が取る分は全体の一割ぐらいで、残りは中間でとられる。だが、研究者は1、2割持っていかれるだけで嫌がる。企業から50万円もらってやっていた研究が、ある人を介することで1千万円になり、その人と500万円ずつの取り分になる話が来たとする。だが、「嬉しい」とはならない。中間で500万円とられるのがけしからん、だから50万円でいいや、ってなってしまう。
――なるほどそういう考え方もあるか。そもそも、研究者の使命とは何だろうか。
松尾 知的好奇心に基づいて研究することだと思う。ところが日本には、その価値を社会につなぐ人がいない。産業につなげて社会の価値にするというところが苦手だ。
レベニューシェアの話に戻るが、そういうことができる人への評価が低い。重要性を認識していない。そんなことで高いお金をもらうのはどうなのか、といった話になる。実際は、つなぐ人がいないと、どこかで作り出したものが別の場所で価値になるということが起きない。情報が流れて初めて、基礎研究をしている人の価値が最大化される。一番大事なのは生産している人、知的好奇心に基づき、ひたすら基礎研究に打ち込んでいる人だとクローズアップされる。それが、つながっていないから、みんな苦しい。基礎研究がつなぐ人によってお金になり、また研究の現場に戻ってくる。そういうエコシステムが、みんな苦手だ。

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――エコシステム、つなぐ役が大学にできるだろうか。
松尾 大学の中でも、産学連携は弱い。高い報酬を出さないから、ビジネスの世界からいい人が来ないのだ。レベニューシェアではなく、この人は日給いくらで働いてもらうという考え方は得意だが、大切なのは働きに見合った報酬だ。東大の場合、総長でも2千万円ぐらいで、若い研究者だと500万円程度で固定されている。そういう中では、ある人が10億円の案件を成立させたから2割の2億円とっていいよとなったら、紛糾するだろう。別の先生の研究がベースになっているのに、その先生を差し置いて2億円とはなんだ、けしからん。総長ですら2千万円なのに、という話にすぐなる。10億円儲かり、8億円大学に入ってくるなら、2億円あげてもいいじゃないかとはならない。
そういう風に、やる気を起こさせる仕組みが苦手だから、いいビジネスパーソンが入ってこない。いい研究を世の中に渡す仕組みが根付かない。だから、国立大学は稼げない。稼げないから先詰まりになり、若い人に雑用をやらせるしかない。
――負のスパイラルか。そうした現状でも変わらない国立大学の使命とは何だろうか。
松尾 基礎研究をしっかりすること、学生の教育をすることだ。国からお金をもらっているのだから、知的好奇心に基づいて長期の研究をさせるべきだ。ところが、それを短期の価値に変えていくのが苦手だから、結局は短期の研究に取り組ませてしまう。
松尾研究室には研究を社会につなぐ人がいて、産学連携に力を入れられる。共同研究は企業が相手なので、手元のケースをいかに相手の価値とするかを考えなくてはいけない。その一方で、基礎研究に取り組む人はどんどん尖り始める。自分の知的好奇心に集中するようになる。こういうことが世の中の役に立っているという事例を横目で見ているから、自分はもっとすごいことをやらないといけないと考え、世の中を変える、一番大事だと思う研究に集中するようになるのだ。つなぐ人が出てくると、基礎研究の人がさらに集中できるようになる仕掛けだ。
多くの大学の場合、つなぐ人がいないから、基礎研究の人にまで、世の中を見渡してもっと社会に役立つことをやれ、と言わなくてはいけない。そもそもそういうのが苦手な人たちが、書類上そういうことを書けというのだから、妙なワザが伝統芸能化し、「この研究は役に立ちます」と嘘八百を並べることになる。だいたい、苦手な人たちにそんなことをやらせるべきではない。
基礎研究だけに集中してもらい、研究を売る人に儲けてもらえばいい。半分を大学に入れてくれれば、半分は自分の懐に入れてもいい。売る人たちは、研究の価値を世界に届けようと力を入れてくれる。基礎研究者は「短期的に稼げ」などと無理難題をふっかけらずに、自分たちが大事だと思う研究を深めることができる。
――最後に聞きたい。国立大学に国費を投じる正当性はどこにあるのか。
松尾 国費を投入するのは必要なことだ。短期的なリターンが見えない長期的研究は、民間企業は苦手。具体的に言えば、10年を超える研究は苦手だ。国立大学が手がければ、規模の効果も出てくる。A社、B社、C社と個別にやるよりも、まとめたほうがいい。AI系の企業もある程度以上の規模になると、研究を始める。それを国全体でやった方がいい。それが国立大学だ。理にかなっている。
長期的研究は、最終的には産業界、企業の役に立たないといけないのだが、そこにつなげる仕組みが弱い。これだけ研究費、運営費交付金をもらっていて、これだけしか社会にお返しできていないのは、大きな問題だと思う。

 

 

ひとこと

相手の立場になって、課題を解決する――商売の基本をAIの第一人者から聞こうとは思わなかった。確かに研究者が社会とつながれば、大学が信頼を得る好機となる。その言は貴重だ。が、閉塞した現状は研究者マインドだけの責任だろうか。法人化以降、国立大学は社会を見てきただろうか。逆に社会はどうか。(奈)

画像まつもと・みな
ジャーナリスト、一般社団法人Qラボ代表理事。上智大学特任教授、帝京大学客員教授、実践女子大学学長特別顧問。元読売新聞記者。著書に『異見交論崖っぷちの大学を語る』(事業構想大学院大学出版部)、『特別の教科 道徳Q&A』(共著、ミネルヴァ書房)など。

この記事は「文部科学 教育通信 No.485 2020年6月8日号」に掲載しております。

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