連載

授業ノートから 第8回

「お客さま気分」を吹き飛ばす

上智大学特任教授
帝京大学客員教授
松本 美奈

 

十一月某日、クラスQの授業。頭の痛い問題がまたも発生した。グループワークに入っていながら自分は努力せず、仲間の成果をタダドリするちゃっかり者、無賃乗車常習犯のかつての代名詞である「サツマノカミ・タダノリ」と陰で呼ぶ学生の存在だ。対話を重ねることで、グループは目標を共有する戦略的チームへと進化していく。ところが、タダノリがいると雰囲気が悪くなり、グループワークすらできなくなる。そうした状況回避のため、各グループを五人以下に制限しているが、問題は解消しない。

そこで、いきなり「役割分担」を導入してみた。Zoomでグループワークする「ブレークアウトルーム」に集まった四、五人で、「司会」「タイムキーパー」「書記」の三役を順番に回していくのだ。役割は二分ごとに交代する。

この三役二分交代制、実はオリジナルではない。クラスQに参加している企業経営者に聞いた。自社のミーティングに導入したら、社員の当事者意識が上がったというのだ。その経営者も、他社の経営者に教えてもらったという。授業でも大いに効果を期待できると考えた。

まず「司会」。メンバーが発言しやすい環境を作る重要な役だ。一人が頭に浮かんだ質問を口にしている最中に、別の一人が「それはこういうことだよ」と答えたら、雰囲気は一気に損なわれてしまう。「今さらそんな質問?」とでも評価しようものなら、最悪だ。質問を出すどころか、周りの反応をいつもビクビク気にする学生に逆戻りしてしまう。そうならないよう目を配り、時には注意をしなければならない。

「タイムキーパー」は残り時間をカウントする。仮想空間で参加者同士の声がかぶると、互いに遠慮して沈黙しがち。残り時間のカウントも、タイミングを誤れば発言を封殺しかねない。さらに、進捗状況と残り時間を考えて、司会に助言しなければならないこともある。これも気を使う役割だ。「書記役」も厄介だ。メンバーの質問を発言通りに書き出すのは、言うは易し、行うは……なのだ。それらの役割が果たされているかどうかをチェックするのは、やはり司会。さて、学生はどこで困るだろうか。

果たして、学生をブレークアウトルームに送り込んですぐ、混乱が生じた。役割分担も決められずに所定時間を超過するグループが出てきたのだ。従来はボランティア精神豊かな学生が三役全てを背負ってグループワークを進めていたようだ。

学生からのSOSは次々に上がった。最も多かったのは、書記を引き継げない、書記ができないという訴えだ。学生の使う端末はさまざまで、中にはスマートフォンもある。これではメモも取れないからとスマホ学生が言い訳をすれば、パソコン学生はただ黙りこむ。

問題を寄せられても「ミナセンセイ」は基本的には何もしないことを常としている。ここは幼稚園ではない。生命の危険もない。限られた時間を有効に使うには何をどうすべきか、自分たちの頭を使えばいいだけの話ではないか。SOSを上げたグループの仮想空間に入りはしても、言い分を聞くだけにとどめている。

助けが得られないとわかると、学生たちは自分で工夫を始める。手持ちの端末が理由で書記の持ち回りが出来ないグループは、手書きでメモを始めた。ノートに発言通り質問を書き出し、画面越しに仲間に見せて共有する。端末の扱いに手慣れたメンバーがいるグループは、ワードに書き込み、保存してメールで次の書記役に送り始めた。

それでなくとも慌ただしいグループワークの時間が、まるで火事場のような騒ぎになった。舞い散る火の粉の中で、だがコミュニケーションの質量は、ともに格段に上がっていた。メンバー全員が何かの役割を担っているから、お客さま然とのんびり構えていられなくなったのだ。

当該の司会役は当然のこと、次、あるいはその次に回ってくるメンバーにも、目の前のワークの進行状態は他人事ではない。話の流れやメンバーの表情から目を離せなくなった。「全集中!」。誰がどこで何をしているか気を配り、齟齬なく引き継がなければならない。

書記役は端末という技術的課題もあるから、より深刻だ。全員が共有できる舞台を作るために、まずどんな手法で書記をしていくかを全員で合意しなければならない。筆記用具のことだけではない。自分が書記になって初めて気づくのは、「発言通りに書く」ことの難しさだ。「自分さえわかればいい」で適当に話されると、書記役はとても困る。「もう一度言って」を繰り返す中で、自分の普段の発言の仕方を振り返る。論旨明快に話すことの意味と難しさを知るのだ。

役割を担う中で、自分の力を知り、協働の意味も理解する。同時に複数の役割を頭に浮かべ、処理していかなければならないことにも気づく。「タダノリ」が、三つの役を通していっぱしの学習者へと変貌していく。役割を与えることが、これほどの力を持つとは。

 

この日の記事は、「図書館の本 ネット送信了承 文化庁報告書案 出版界『補償額議論を』」だった。図書館の蔵書を電子データ化して、利用者に直接送信すべきだという内容だ。文化庁の審議会ワーキングチームの報告を受け、来年の通常国会に著作権法改正案が出されるとか。第三社会面に二段見出しの扱い。学生には「出版社の経営者になりきって」考えるよう伝えた。

どのグループも、必死に三役を回しながら「補償金」をまな板に乗せている様子だ。出版社にとっての死活問題で、利用者にとっては利便性アップで万々歳と認識しているからか。だが、出版社の立場にあっても、利用者サイドの視点が欠けていて本当にいいのだろうか。

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コロナ禍で、図書館の利用に制限がかかっている。法案が、図書館が近くにない、あるいは体に不自由のある人に嬉しい話であることは否定しない。一方で、パソコン内での資料のやり取りが、巨大な知の集積地としての図書館の役割、存在意義を損ないかねないという危惧もある。本がずらりと並ぶ光景を学生に見せ続けたい。本に囲まれる威圧感と緊張感を何としても知ってほしい。知の集積を目の当たりにすれば、いや応もなく、自分の非力さ、小ささを感じるはずだからだ。図書館の本棚こそが、学問の府、大学での学びのスタート地点と思う。

そう実感させてくれたのは、一人の女子学生だった。一年時からクラスQで学んでいる経済学部生で、ひょんなことから彼女の卒業論文を指導することになった。防衛問題で書きたいと希望している。授業で取り組んだ安保と自衛隊の記事にはまり、問題意識を持ったのだ。

その彼女が、卒論の手がかりを得るために行った図書館で衝撃を受けた。「私は、これだけの本と格闘するのか――」。

防衛に関する本がずらりと並ぶ本棚。自分の目の前にも背後にも、その向こうにも。量に圧倒されながら、一体、自分はこれまで大学で何をしてきたのだろう、と悔しさも感じたという。こんなことを学生に感じさせる力が、デジタル化された資料にあるだろうか。

本棚には総覧性も期待できる。どんな資料があるのか、全体を見ることができる。これは紙の新聞や辞書も持っている機能だ。全体を見たうえで、目当ての本を探しているうちに、たまたま目に止まった本が妙に面白かったりすることも、珍しいことではない。想像もしていなかった出会いがあるのだ。

ネット上で資料を検索すれば、効率がいい。けれど、検索することで端末内のAIは私たち使い手の好みを覚え、情報を出してくれるようになっている。そうして、私たちの視野はAIに創られていくことになる。実は遮られているのかもしれない。法案化の動きに対して、その観点から異議を唱える出版社経営者はきっといるはずだ。

コロナ禍という特殊な状況が背中を押すデジタル化。やむなしと感じつつ、長い目で見てどうも納得しきれないものがある。

 

鳴く力たまれば鳴きぬ冬の虫 竹内武城

 

寒くなって虫の声も絶え絶えになった。それでも時折、渾身の力をふりしぼったかのような澄んだ声を響かせることがある。役割を定めたことで、学生は予期せぬ力を自分が持っていることに気づくはずだ。来週は、どんな発表をしてくれるだろう。

 

この記事は「文部科学 教育通信 No.498 2020年12月28日号」に掲載しております。

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